ある日の森3 「ハンサムなキタキツネ」
しばらくサボっていたが、『ある日の森』シリーズ第三弾はキタキツネである。
キタキツネには楽しい想い出が多い。
オホーツク海に突き出た音稲府岬にかつて存在した小さなキャンプ場で、潮騒のもと、灯台の光もかすむほどの満月に照らされ、跳ね回るキタキツネと小一時間も遊んでいた想い出。
別寒辺牛湿原奥の幾枝にも分かれた林道で、道を失って途方に暮れていたときのこと。
突然現れたキタキツネの後を追いかけたら、人里に出られた想い出。
北海道に何度も旅するうちに、たくさんの童話めいた想い出をキタキツネたちは僕に与えてくれた。
だが、人間を見ると寄ってくるようなキタキツネを作り出してはまずいのである。
キタキツネは好奇心が強い上に頭のよい動物なので、育ってくる過程で出会ってきた人間との関係によって、個体ごとに人間との距離の保ち方が違う。
人に寄ってくるキタキツネは、観光客などから与えられたエサの味を覚えているのである。
キタキツネにえさを与えてはならない。
それは彼らの生命を縮めることにつながる。
また、キタキツネに触れてはならない。
彼らはエキノコックスなどの寄生虫を持っているからである。
キタキツネと一定の距離を保つことは、お互いの幸福のために必要なことなのである。
キタキツネほどの高度な知能を持っている動物になると、個体ごとにまるで顔つきが違うのがはっきりわかる。
このハンサムなキタキツネくんとは、津別峠で数年前の8月の終わり、ちょうど今頃の季節に出会った。
彼は蕗の葉の間からずっと僕を見ていたが、それ以上は寄って来なかった。
北国の高所だけに、霧の中にはすでに秋の気配が漂っていた。