ある日の空35 「異郷を望む丘」
キャンプ場ではないが、日本最北端の宗谷丘陵に最高の宿泊施設が存在した。
「宗谷岬えこ・びれっじ」という公共の宿泊施設である。
数棟の白いコテージが、周氷河地形の雄大な牧草地に建てられていた。
電気は棟ごとに風車の回る小型の風力発電なので、部屋の壁に設けられた電圧計を眺めながら
はらはら気分でノートPCを使わなければならない。
トイレは用を足すのが面倒くさい、おがくずを利用したバイオトイレ。
ステンレスの露天風呂(牛の水飲み槽の再利用?)は、用意された古材を自分で燃やして入る。
そんな極めつけのユニークな施設だった。
この施設は2007年の夏に偶然発見して欣喜雀躍と宿泊を頼んだら、子どもの団体の予約が入っていてダメだった。
あまりにも悔しくて、2008年の夏にリベンジで訪れ、2泊した。
何もない丘で過ごした月夜の素晴らしさは、ほかの場所では経験のできないものだった。
次の日からは宗谷海峡を包む濃霧に覆われてしまったが、それもまた、楽しかった。
稚内市が出資する公共施設だったのだが、議会で利用率の低いことなどが指摘され、廃止されてしまった。
二段ベッドは羽布団で、宿泊料はたったの2,000円だった。
やはり低廉な料金のバーベキューセットを頼んだら、本業は牧場主という管理人の方が、宗谷黒毛和牛の霜降りを持ってきてくれた。
その方は「今朝いっぱい獲れたから、これはサービスね……」と微笑んで、ビニール袋いっぱいの茹で立てのシマエビを下さった。
翌朝は牧場の事務所で朝食を頂き、牛舎などを見学して、牛を育てる難しさと楽しさについてのお話を伺った。
「来年、来たら馬に乗せてあげるよ」と約束したのに、仕事の都合で行けなかった。
次の年の夏にアクセスしたら、サイトも消えていた。
本当に残念でならない。
写真はエコビレッジ近くの山道から望む8月の宗谷海峡とサハリン。
宗谷丘陵からは、異郷の島影がこんなに近く見える日もある。